猫乃 鈴
今日は三月の十四日。
俺は囲炉裏端で縫い物をしている、きさらのところへ行った。
「きさら今、忙しい?」
「そうね。竹千代ちゃんの着物の破れを直したいし、裏の畑にお水もあげなくちゃ。それとお掃除もしないと」
「そっかぁ。なんか手伝う?」
「ううん大丈夫。それよりハチは何か用だったんじゃない?」
「うん。きさら知ってる? 今日は『ほわいとでー』っていう日で『ばれんたいんでー』に何かもらったら、
それのお返しをする日なんだ」
「そうね」
「それでおれ、玖音に『手作りどーなっつ』をもらったから、おれも玖音に何か作ってみたかったんだけど――」
そこまで言った俺の手を、きさらががっしり掴んだ。
「えらいわ、ハチ! すっごくいいと思う。玖音きっと喜ぶわ! そっか、それで私に相談に来てくれたのね」
「でもきさら忙しいし……」
「何言ってるのハチ! 喜んで手伝うから。頑張って作りましょう!」
「う、うん……」
きさらの勢いにちょっと戸惑う。
「何がいいかな……。でもあんまり難しいのもね……クッキーとかどう?」
「『くっきー』? おれにも作れるの?」
「大丈夫。ハチにもきっと作れるわ」
ものすごく張り切っているきさらに連れられ、俺はどこかへ移動した。
ピカピカしててよく分からない道具がいっぱい置いてある。
「わあ、すげえ。ここどこ?」
「特別な台所よ。和菓子ならいつもの台所でも作れるけど、クッキーはオーブンも使うし」
『おーぶん』ってなんだろう、と俺が思っていると、ひょこと下から顔を覗かせた奴がいる。
「あ、竹千代」
「何してるの?」
見れば竹千代がついて来ていた。
「お、おれも手伝う……よ?」
竹千代の言葉にきさらはにっこり笑った。
「ありがとう。じゃあ、いっぱい作って竹千代ちゃんも後で、ジジ様とお茶しましょうか」
「うん」
そんなこんなで、俺は『ばたー』とかいう黄色い固まりと、お砂糖を混ぜる係をやって、
竹千代は粉を『ふるい』にかける係をやった。
途中でふざけて粉をばらまいて、二人で真っ白になった俺たち。
「美味しいのが作りたかったら、ふざけちゃ駄目」
きさらに怒られ作業に戻る。
『ばたー』が白くなってきた頃、俺が混ぜていた器に入れられたのは卵と
なんだかいい匂いのする液体を二、三滴。
すごくいい匂いだったから、ついつい舐めてみたけれど、なんだかすっごくまずかった。
こんなの入れて平気かな。
全部の材料を合わせてこねて『くっきー』の素が完成した。
普通の黄色と『ここあ』を混ぜた茶色の2色。
「さあ、あとは好きな形にして焼くだけよ」
「なんでもいいの?」
「あんまり大きいと焼き時間が難しいけど、どんなのでも大丈夫。型抜きでもいいのよ」
きさらはそう言って、伸ばして広げた『くっきー』の素を花の形に抜き出した。
俺と竹千代も真似して作る。
「あとはオーブンに入れて待ちましょう」
色んな形が並んだ板を、あっためておいた『おーぶん』の中に慎重に入れる。
しばらくすると香ばしい匂いが漂って来た。
わあ、いい匂い。
『おーぶん』をあけて取り出された焼きたての『くっきー』
「ほら出来た。簡単でしょ」
「こんなに簡単に作れるお菓子ってあるんだ!」
「ふふふ。いっぱいできたから、ハチも味見してみたら?」
一枚口に放り込んだそれは、まだ熱々でサクサクで、口いっぱいにいい匂いが広がって、
香ばしくって優しい甘さで――とにかくとっても美味かった。
もっと食べたくなったけど、これは玖音にあげるものだから……我慢。
「ありがと、きさら。じゃあ、おれ、玖音にこれ渡して来る!」
「気をつけてね、振り回しちゃ駄目だよ。粉々になっちゃうからね」
「わかったー」
言われて俺は走り出そうとした足を止め、『くっきー』を詰め込んだ箱を大事に抱えて玖音を探した。
◆◆◆◆◆◆
玖音を探している途中で、俺が先に見つけだしたのは青ちゃんだった。
青ちゃんは俺が抱えている箱を見て、顔をしかめる。
「なんだそれ、また何か拾ったのか」
「違うよ。『くっきー』だよ。俺が作ったんだ」
「はあ? 作った?」
「食べてみる?」
「変なもん入ってるんじゃないだろうな……」
「大丈夫だよ。きさらが一緒に作ってくれたんだ」
「きさらが? なら平気か……」
青ちゃんは箱から茶色の『くっきー』を一枚取り出しかじった。
「どう?」
「……思ってたより美味い」
「玖音、喜ぶと思う?」
「ああ……そういうことか。あいつならお前がやりゃあ、なんでも喜ぶから平気だろ」
よかった。青ちゃんのお墨付きだ。
これならきっと玖音にも美味しいって言ってもらえる。
そうだ。お墨付きってことなら、もう一人、食べてみてほしい人がいる。
俺は青ちゃんにバイバイをして、別の場所へと向かった。
◆◆◆◆◆◆
「こんにちはー」
「おう耶八じゃねぇか。どうした」
風月庵に行くと、相変わらず背のでっかい雷が俺を見下ろして笑った。
「雷にはいつも団子もらってるから、これあげる」
「あ? なんだこれ」
「『くっきー』だよ」
「くっきー?」
すると箱を覗き込む雷の後ろから、親父さんが顔をだした。
「ほお。西洋の焼き菓子だな。なんだ儂にもくれるのか」
「玖音にあげたいんだけど、美味しいか美味しくないか、食べてみてほしいんだ」
「どれどれ」
親父さんと雷は一枚ずつ、それぞれ色違いの『くっきー』を食べた。
「おー。美味くできてるんじゃねぇか」
「まあ、店で出すにはあと十年は修行が必要だけどな」
雷は笑いながら俺の頭をわしわしと撫でた。
やったね。風月庵でも美味しいって言ってもらえた。
さてと玖音を探さなくっちゃ。
◆◆◆◆◆◆
「なんかいい匂いがする」
再び歩き出した俺の前に突然現れたのは、俺の知らない女の子。
「お前、だあれ?」
「我は夢瑠。お前なんだかすごく良い匂いがする」
俺の周りを嗅ぎまわる夢瑠に、俺は『くっきー』の箱を差し出した。
「これだよ。『くっきー』だよ」
「くっきー? 何だ? 食べられるのかそれは」
「美味しいよ。青ちゃんも雷も、風月庵の親父さんも美味いって言ってくれたもん」
「美味いのか。いいな……我も食べてみたい」
「食べたことないの? いいよ。あげるよ。でもこれは玖音のだから、一枚だけね」
「くれるのか?! いい奴だなお前」
俺が差し出した『くっきー』を夢瑠は嬉しそうに頬張った。
うん。俺も食べるの大好きだから、美味いもの食べれたときはそういう顔になるの分かる。
玖音もそういう顔をしてくれるといいんだけど。
◆◆◆◆◆◆
玖音探しを続ける俺が次に会ったのは、またも玖音じゃなかった。
「啓明、太白!」
俺はでっかい太白の背中に飛び乗った。
雷もでっかいけど、太白の方が背中が丸まっているからか、飛び乗りやすい。
いいな。やっぱり俺もこのぐらいでっかくなりたい。
あ、しまった。今、俺、『くっきー』持ってるんだった。
「耶八さん。あ、危ないですよ。今日は何をしてるんですか」
「うん俺、玖音を探してるんだよ。これ渡したいんだ」
太白から降りた俺は箱を開いて見せた。それを啓明が覗く。
よかった。『くっきー』は壊れていない。
「西洋焼き菓子か。手作りのようだな」
「そうだよ? おれが作ったんだ。啓明と太白も食べる?」
太白が驚く。
「え、いいんですか? 大事な菓子なんでしょう?」
「まだいっぱいあるから、大丈夫だよ」
「ふむ。耶八が作ったのか。どれ、馳走になろうじゃないか。お前も食え、太白」
二人は『くっきー』を食べて頷いた。
「美味しいです。玖音さんもきっと喜んでくれると思いますよ」
「ああ、初めてにしては上出来ではないか」
太白と啓明にも褒めてもらって、俺は上機嫌で玖音を探すのを続けた。
ついつい弾みそうになる足取りに、『くっきー』が壊れちゃうことを思い出して気をつける。
◆◆◆◆◆◆
「お、なんか見覚えのある奴がいるぞ、狸休」
「ほんまや。なーんか大事そうに抱えとるなぁ、緋狐」
わあ。面倒くさい奴らが現れた。赤と緑のアヤカシ二人連れ。
通せんぼするみたいに俺の前に立ちふさがる。
もともと、俺より小さい狐と狸のくせに、なんで人に化けると俺よりでかいんだ……。
「どいてよ。俺、忙しいんだから」
すると狸休が俺が壊れないようにそっと持っていた箱を、ひょいと奪い取った。
「なんやコレ。いい匂いやな。食い物やないか」
鼻をひくひくさせていた狸休が、『くっきー』を一枚口に放り込む。
「あ、勝手に食うなよ!」
「おお、緋狐。案外、美味いで」
狸休が空に向かって一枚放り投げ、緋狐がそれを口で上手く掴み取る。
「へえ。なかなかイケるじゃねぇか。このまま全部いただくか」
「は? 何言ってんだよ! 返せよ!」
「取れるもんなら取ってみい」
「返せって!」
「ほらよ、こっち、こっち」
あ、そんなに乱暴にしたら粉々になっちゃう。
「返せってば」
ムカついた俺は緋狐と狸休を加減なしに蹴り倒し、地面に踏みつける。
「……ほんの冗談じゃねぇか。なあ、狸休」
「……お子様はすぐムキになるから嫌やなぁ、緋狐」
『くっきー』を取り返した俺は、少し足を速めて玖音を探した。
早くしないと日が暮れちゃう。
◆◆◆◆◆◆
続いて俺がやってきたのは、どこかで見た様な和室の一部屋。
襖を開けて中を覗くと、青ちゃんのお母さんと、春童、秋童がそこにいた。
「何か良い香りがするな」
「何か良い香りがするぞ」
そっくりな二つの顔が、俺の抱えた箱へと近づく。
だいぶ軽くなった箱の中から、俺は二枚取り出した。
春童、秋童は一枚を二つに割って分けて食べると、もう一枚を青ちゃんのお母さんへと持って行く。
「おひいさま、どうぞ」
「おひいさまも、お食べください」
青ちゃんのお母さんは『くっきー』を受け取り、二人の頭を撫でる。
「あらあら。春童、秋童、ちゃんとお礼を言いなさい」
「なかなか美味な菓子であった」
「褒めてやるぞ、ちびでこ坊主」
お礼を言っているのに、なぜだかすごく偉そうだ。
すると、青ちゃんのお母さんが俺を手招いた。
「こちらにおいでなさい。残りのお菓子を綺麗に包んであげましょう。大事な人への贈り物なのでしょう?」
「ホント?」
「丁度、舶来物の紙があるから」
青ちゃんのお母さんは少なくなった『くっきー』を小さな箱に詰めなおし、
裾がヒラヒラした透ける様な紙で綺麗に包んでくれた。
「さあ、これでどうかしら」
「わー。すごいね。玖音もきっと喜ぶよ」
「あの方も昔は私に贈り物をくださった……今となっては会いにも来てはくださらぬ。
どんな見事な簪(かんざし)よりも、おそばにいてくださった方がどんなに――」
「……じゃあ……おれ、もう行くね。ありがとー」
話がなんだか長くなりそうだったから、俺は青ちゃんのお母さんにお礼を言って部屋を出た。
青ちゃんのお母さんの言葉を聞いてふと思う。
そっか、玖音は女の子だから、お菓子よりも簪とかの方が良かったかなって。でも俺、お金ないしなぁ。
そのうちまた、つむぎと一緒に逆立ちとか蜻蛉返りとかしに行こうかな。
そしたら、俺にも簪とか買えるかな。
◆◆◆◆◆◆
玖音はどこにいるんだろう。
もう少し急ごうと思った俺だったけど、その足に何かがもふっと絡み付く。
「どんちゃん」
小さなどんちゃんが俺の足元をちょこちょこついて歩いて来ていた。
しゃがんでその頭を撫でると、どんちゃんは俺の持っている箱に気がついた。
「でこぱち、それは何だ。何か良い匂いがするぞ」
「これは『くっきー』っていうお菓子だよ。きさらと一緒に作ったんだ。みんな美味いって言ってくれたよ」
「俺にも、あげてもいいんだぞ?」
鼻先をつんと上げたどんちゃんに俺は笑ったけど、
「あ、駄目だ。もう綺麗に包んじゃったから、開けられないや」
「なんだと! 皆にはやったのに、俺にはやれないと言うのか!」
口では怒っているどんちゃんだけど、しっぽがしゅんと垂れ下がっている。
「ごめん。今度まんじゅうあげるから」
「俺もでこぱちの『くっきー』が食べたいぞ」
「だーめ」
膝の上に乗り上がるどんちゃんから箱を遠ざける。すると、
俺はいつの間にか地面に押しつぶされていた。
「あ、ずるいぞ、どんちゃん。でっかくなるなんて! こら! だめだったら」
俺は必死にどんちゃんから『くっきー』を守る。
大きなどんちゃんの鼻先が俺の腕をこじ開けようと体に潜り込んで来た。
あはははは。くすぐったい。
そんな風に俺がどんちゃんとじゃれて、地面を転がっていると――
「何してるのよ……」
もう聞き慣れた、ちょっと怒っている様な、呆れている様な声。
「あ……玖音」
結局、いつものように玖音の方から俺の前に姿を見せた。
俺が探しだそうと思ったのに……。その辺はさすが、くのいちってことなのか。
「おれ、玖音を探してたんだよ」
「あ、あたしを? 何で」
「玖音にね、もらってほしいものがあるんだ」
「あたしに? 何を?」
俺はどんちゃんの下から這い出して、『くっきー』の箱を玖音に差し出した。
「ばれんたいんでーのどーなっつ、ありがとう」
俺が言うと、玖音は一瞬きょとんとして、それから顔をハッとしたように赤らめた。
どうやら今日が、『ほわいとでー』ってことを忘れていたみたい。
「な、何? これ」
「『くっきー』だよ。きさらが、これならおれにも作れるって」
「作って……くれたの?」
「うん。きさらが手伝ってくれたし、変なものは入れてないし、みんな美味いって言ってくれたから大丈夫だよ?」
「…………みんなにあげたの?」
玖音の顔が一瞬渋ったけど、すぐにいつもの赤い顔に戻った。
「あ、開けてもいい?」
「うん。開けて開けて! そんで食べて」
玖音が包み紙を丁寧にそっと解いて、箱を開ける。
あ……やっぱり、ちょっと壊れちゃったのもある。あーあ……。
玖音の顔を覗き見ると、黙ったまま、じっと箱の中を見つめている。
やっぱ、こんなお菓子より、簪とかの方が良かったかな……。
おれは食べるの大好きだけど、玖音は女の子だから。
「ごめんね、玖音」
「えっ?! な、なんで謝るのよ!」
「『くっきー』割れちゃってるし、それに、なんかもっと他のもんが良かったかなーって」
「そ、そんなことないわよ! だって、これはハチが、あ、あたしのために作って……くれたんでしょ?」
「うん」
「だから……」
顔を覗き込んでいる俺から目を逸らし、玖音は言った。
「すごく、嬉しい……」
いつもより更に赤いその顔が、嘘でもお世辞でもなく、ちゃんと本当のことを言ってるって分かる。
よかった。玖音が嬉しいって言ってくれた。
笑った俺にチラと視線を戻して玖音は言った。
「ありがとう、ハチ」
「どういたしましてー」
◆◆◆◆◆◆
「なに! ハチの手作りクッキーだと!?」
「ああ、美味かったな、太白」
「そうですね。美味しかったですね」
「うおおおおおおおお!」
《おしまい》
◆◆◆◆◆◆
お子さんお借りしました!
登場順(作者様・敬称略)
でこぱち・耶八_猫乃鈴
きさら_緋花李
竹千代_花垣ゆえ
青_早村友裕
雷_タチバナ ナツメ
風月庵の親父さん_べあねこ
夢瑠_すら犬
啓明_村谷 直
太白_村谷 直
緋狐_Mick
狸休_Mick
春童_おうち穂里
秋童_おうち穂里
此糸_品
どんちゃん・曇天_黒河亞子
玖音_(仮)
黄幡_村谷 直
★ コラボ侍キャラクター総選挙中!★
《女性部門投票所》
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こんばんは~^^
ほのぼのでラブラブでしょ?
うーん。でも、瑞香さんを嫉妬させるような熱々なのが描きたいぜ(*`・ω・*)
大人でこぱちと大人玖音ちゃんなら可能だろうか……。
どうもこの二人だとニコニコあったかーく見守ってしまう自分がいます(笑
どんべえコンビは相変わらずな、ちょっとした苛めっ子的ポジション。
金次郎はさりげなくいい仕事をしてくれるのです。
でこぱちと玖音ちゃんが仲良しだと、私も描いてて癒されます(´▽`*)